【インタビュー】ミカエル・ミシェル騎手「毎年JRAへ戻ってきたい」世界14か国で磨いた“最大の強み”とは?

世界各国で騎乗経験を積み、2026年にはJRAの短期免許を取得して日本で騎乗しているミカエル・ミシェル騎手。南アフリカでは自身初となるG1制覇を果たし、それが再び日本へとつながる大きな転機にもなった。今回のインタビューでは、世界14か国を渡り歩いてきたキャリア、南アフリカで得た自信、日本競馬への思い、そして凱旋門賞をめぐる率直な考えまで、夫のフレデリック・スパニュさん(本文中ではフレッド)とともに語ってもらった。[1/5ページ]
※本インタビューは2026年9月29日に、すべて英語で実施したものです。
ミカエル・ミシェル騎手インタビュー
世界14か国を渡り歩いて身につけた「適応力」
――これまで世界14か国で騎乗されています。これほど多くの国で乗るようになったきっかけは何だったのでしょうか?
ミシェル:フランスで騎手になった最初の年に良い成績を残すことができて、それから札幌やイタリアなどの騎手招待競走に呼んでもらえるようになりました。
もともと旅行をすることも好きなので、私にとっては最高ですね。大好きな競馬と旅行、その両方を経験できますから。
――多くの国で騎乗してきた経験は、騎手としての成長にもつながっていますか?
ミシェル:そう思います。国が変われば、すべてが変わります。調教も、レースも、馬も、騎手も、調教師も違います。その環境に合わせていかなければなりません。
――ご自身の騎手としての強みを一つ挙げるとすれば?
ミシェル:「適応力」ですね。いろいろな国で騎乗することで、より良いジョッキーになれると思っています。
南アフリカで得た大きな自信
――南アフリカでは約8か月騎乗されました。日本やフランスとの違いは感じましたか?
ミシェル:かなり違います。南アフリカは10頭、12頭くらいの少頭数になることが多くて、馬群がとてもコンパクトです。
騎手同士の距離も近いですし、ポジション争いがかなり激しい。とても技術が必要ですし、危険になることもあります。
ゲートが開いたら、みんなすぐに内のポジションを取りにいきます。日本では外を3頭分、4頭分回って勝つ馬もいますが、南アフリカではそうはいきません。
――そうした環境で騎乗したことで、一番成長した部分はどこでしょうか?
ミシェル:一番は自信です。南アフリカでは良い馬にも乗せてもらいました。良い馬に乗ることで、自分自身もより良いジョッキーになれると思います。
そしてG1を勝つことができれば、「自分はG1ジョッキーだ」と言えるようになります。それも大きかったですね。
初めてのG1制覇。そして再び日本へ
――南アフリカでは自身初となるG1制覇も果たしました。やはり特別な勝利でしたか?
ミシェル:もちろんです。G1を勝つことは、すべての騎手にとっての夢だと思います。
勝った時は興奮も感情も大きすぎて、その瞬間のことしか考えられませんでした。調教師や周囲のみんな、夫と一緒に泣いていました。本当に感情的な瞬間でした。
――そのG1制覇が、再び日本で騎乗する道にもつながったわけですよね。勝った瞬間から日本を意識していたのでしょうか?
ミシェル:いいえ。その時は全く考えていませんでした。G1を勝ったことで頭がいっぱいでしたし、その先に何があるかまでは考えられませんでした。
その後、Xでファンの方から、日本で再び騎乗できる可能性につながるということを教えてもらったんです。
そこで初めて気づいて、また日本に行けるかもしれないと思いました。うれしくて、また泣きました。
――そこから日本で騎乗することを決めたんですね。
ミシェル:はい。最終的に決断したのは、それから数週間後でした。


