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2013年東京優駿を制した時のキズナ
2013年東京優駿を制した時のキズナ

1987年のデビュー以来、日本競馬界の第一線を走り続けてきた武豊騎手。数々のG1タイトルを獲得したレジェンドだが、日本競馬の最高峰・日本ダービーでの勝利は、多くのファンを熱狂させた。これまで歴代最多となる日本ダービー6勝を達成。その一つひとつには異なるドラマがある。今回は、武豊騎手が制した日本ダービー全6勝を振り返る。[5/6ページ]

⑤2013年 キズナ

最後方から豪脚一閃!“絆”が紡いだ奇跡のダービー

 武豊騎手が自身のダービー歴代最多勝利記録を更新する5度目の栄冠をつかんだのは、2013年だった。

 しかし、その勝利へ至る道のりは決して平坦ではなかった。2005年にディープインパクトで4度目の戴冠を果たしてから8年。

 下降気味の成績に追い打ちをかけるように、2010年には落馬で大怪我を負ってしまいダービー騎乗も叶わず。落馬の影響で左肩も完全ではなく、不振にあえいだ。それに伴い有力馬への騎乗も減り始めるという悪循環を生んだ。

 さらに2011年には、東日本大震災の悲劇が列島を襲う。社会全体が深い悲しみに包まれ、「絆」という言葉が復興の願いを込めたスローガンのようになった。

 そんな時代の空気の中で、武豊は一頭の馬と出会う。その名は「キズナ」。

 主戦騎手だった佐藤哲三が落馬負傷で戦線離脱したことを受け、武豊は2012年末、デビュー2連勝中だったキズナの3戦目から騎乗することになる。

 4戦を終えて結果が伴わなかった陣営から舞台適性を見極められ、裏街道から本番へ臨むことを決断されたキズナ。引き続き武豊を背に毎日杯、京都新聞杯と重賞を連勝して、2013年5月26日の第80回目となる日本ダービーへと駒を進めた。

 1枠1番、純白帽を被った武豊騎乗のキズナは、ゲートを飛び出し、これまでと同じように、最後方に近い位置からレースを運んだ。

 馬群が固まり混戦となった直線、武豊のキズナは外に持ち出されて末脚を繰り出すも、残り200mではまだ6番手の位置。前との差は決して小さくなかった。

 しかし、不思議な力に後押しされるかのように、キズナは最後の力を振り絞る。武豊の鞭に応え、懸命な走りを見せて切れ味を発揮。そしてゴール寸前、先に抜け出していたエピファネイアを半馬身だけ捉えた。

 レース後のインタビューで、大喝采を浴びる武豊は「僕は帰ってきました」とコメント。大観衆の胸に届き、声援が止まなかったその言葉は、レジェンド自身と相棒のキズナ、それに関わるすべての「点」が「線」へと変わった、最もメモリアルな瞬間であった。

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