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1999年日本ダービーを制したアドマイヤベガ
1999年日本ダービーを制したアドマイヤベガ

1987年のデビュー以来、日本競馬界の第一線を走り続けてきた武豊騎手。数々のG1タイトルを獲得したレジェンドだが、日本競馬の最高峰・日本ダービーでの勝利は、多くのファンを熱狂させた。これまで歴代最多となる日本ダービー6勝を達成。その一つひとつには異なるドラマがある。今回は、武豊騎手が制した日本ダービー全6勝を振り返る。[2/6ページ]

②1999年 アドマイヤベガ

3強激突の死闘…激勝でダービー連覇

 武豊騎手の日本ダービー2勝目は、スペシャルウィークで悲願を達成した翌年、1999年に訪れた。かつて武豊自身が牝馬2冠に導いたベガの仔であり、父サンデーサイレンスの良血馬アドマイヤベガでの戴冠。しかも騎手として史上初のダービー連覇という記録のおまけつきだった。

 この年のクラシック戦線は混沌としていた。アドマイヤベガは、年末のG3ラジオたんぱ杯3歳S(現・G1ホープフルS)を制しクラシック最有力候補として期待を集める。しかし、単勝オッズ1.5倍の断然人気に支持された弥生賞で、きさらぎ賞の勝ち馬ナリタトップロードの後塵を拝す2着に惜敗してしまう。

 混戦模様に拍車がかかった牡馬クラシック初戦の皐月賞。アドマイヤベガが単勝2.7倍で1番人気の支持を集めた。しかし2番人気のナリタトップロードが3.3倍、3番人気には若葉Sを勝ったばかりのマイネルプラチナムが6.9倍と差なく続き、ファンの混迷具合がうかがい知れた。

 さらに悩ましかったのが、アドマイヤベガの状態面だった。皐月賞では前走からマイナス12kgの馬体減で現れると、本来の鋭い末脚を発揮できず6着に惨敗。優勝をさらったのは毎日杯勝利後に参戦した5番人気のテイエムオペラオーであった。

 そして6月6日、第66回日本ダービーの日を迎えた。ナリタトップロードと3.9倍で並び、単勝オッズ最上位の人気だったが、投票数の差で2番人気となった武豊騎乗のアドマイヤベガ。陣営の懸命な立て直しで、前走比プラス10kgと馬体を戻していた。

 デビュー戦からすべての手綱をとっていたアドマイヤベガ鞍上の武豊は道中、後方3〜5番手インからの追走を選択。ラストに必ず繰り出される極上の切れ味を信頼し、じっくり脚をためた。

 3〜4コーナーで動き出した武豊とアドマイヤベガ。直線入り口では一気に馬群の大外に持ち出され、温存していた末脚を発揮した。

 残り200m手前、先に先頭に立ったテイエムオペラオーを、真ん中からナリタトップロードが交わしにかかる。さらに外からアドマイヤベガが馬体を併せ、3頭による壮絶な叩き合いとなった。

 ゴール直前、武豊のアドマイヤベガが、ねじ伏せるようにしてクビ差だけ前に出たところがゴール板。勝ち時計2分25秒3は、1990年にアイネスフウジンがマークしたダービーレコードに並ぶ好タイムだった。

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