
1987年のデビュー以来、日本競馬界の第一線を走り続けてきた武豊騎手。数々のG1タイトルを獲得したレジェンドだが、日本競馬の最高峰・日本ダービーでの勝利は、多くのファンを熱狂させた。これまで歴代最多となる日本ダービー6勝を達成。その一つひとつには異なるドラマがある。今回は、武豊騎手が制した日本ダービー全6勝を振り返る。[3/6ページ]
③2002年 タニノギムレット
史上初の3連覇逃しから2年…頂点へ返り咲き
2000年、日本ダービー3連覇という偉業に挑んだ武豊は、単勝2.0倍の1番人気エアシャカールとのコンビで出走。しかし、ゴール前の激闘の末、わずかハナ差で敗れ、史上初の大記録達成を逃した。
翌2001年はNHKマイルC優勝から異例のステップで参戦したクロフネとタッグを組んだ。単勝3.0倍の2番人気に支持されたものの、5着に敗れた。
そして武豊が、鮮やかに3度目の日本ダービー戴冠を果たしたのが、クロフネと同じ松田国英厩舎の管理馬タニノギムレットとのコンビで臨んだ2002年。こちらもNHKマイルCからの参戦であった。
この年のダービーは、皐月賞馬ノーリーズン、NHKマイルC勝ち馬テレグノシス、朝日杯FS覇者アドマイヤドンなど、実績馬が勢ぞろい。さらに、悲願のダービー制覇を狙う藤沢和雄調教師が送り出した、青葉賞勝ち馬シンボリクリスエスも加わり、ハイレベルな一戦となった。
その中で単勝2.6倍の1番人気に推されたのが、武豊騎乗のタニノギムレットだった。皐月賞、NHKマイルCではともに3着と惜敗していたが、ファンの期待は全く衰えていなかった。
雪辱を期して臨んだ大一番は、内枠3番からのスタート。好発を決めるも、道中は控えて後方6~7番手の位置に構え、いつものように直線勝負にかける作戦だった。
第3コーナーでもまだ後方だった武豊タニノギムレットだが、徐々に外めに進路を求めながら最終コーナーを周回した。
直線入り口では、さすがは武豊と思わせる“ユタカマジック”で、いつの間にか先行馬群の大外に持ち出されたタニノギムレット。先頭を争う実力馬の外から出走メンバー中、上がり最速となる3ハロン34秒7の豪脚を発揮し、着実に前との差を詰める。
ゴール直前、1馬身突き抜ける鮮やかな差し切り。馬場の真ん中から抜け出しを図ったシンボリクリスエスと、最内を伸びたマチカネアカツキの藤沢和雄厩舎執念の2頭をそれぞれ2、3着に退けての戴冠となった。
ダービー3勝目を挙げた武豊はゴール後、左鞭を掲げて1着をアピール。右拳を握りしめて優勝の喜びを噛みしめるガッツポーズをみせた後、相棒タニノギムレットの首すじをポンポンと数回撫でて力走を労った。


