
名古屋競馬で長年にわたり活躍し、重賞制覇や黄綬褒章受章など数々の栄誉を手にしてきた宮下瞳氏。そのキャリアは決して平坦なものではなかった。引退、子育てを経て復帰し、再び結果を残したのち、現在は調教師として新たな道を歩んでいる。本インタビューでは、騎手としての歩みから調教師転身の背景、そして現在の思いに迫った。[5/5ページ]
調教師としてのスタンスと現在
変わらない人との距離感
――調教師になられてから、ジョッキーに乗り方の指示を出したりすることはありますか?
基本的に、オーナーさんからこうしてほしいと言われたときはそれを伝えるんですけど、そういうのがないときは、好きに乗ってきてくださいと伝えます。
自分がジョッキー時代にそう言われると、リラックスして乗れていたので。
例えば、「前に行ってくれ」と言われると、逆にゲートの中で緊張して出遅れちゃったりするんですよね。
特に新人のジョッキーに乗ってもらうときには、「リラックスして好きに乗ってきて」と伝えるようにしています。
――周りの人たちからは「先生」と呼ばれることも増えましたか?
増えましたけど、全然慣れないですね(笑)。
だから「今まで通りに呼んでください」と、私は周りの人たちに言っています。
――ジョッキー時代は、なんと呼ばれることが多かったんですか?
やっぱり「瞳さん」って呼ばれることが多かったですかね。なので、今もそう呼んでもらっています。
――競馬ファンの間では、「姉さん(ねえさん)」と呼ばれていることも多い気がします。
それも言われますね。「瞳姉さん」って呼んでくれている人もいますし、中には下乗りの頃から面倒を見ている子は、私のことを「ママ」って呼んだりもします(笑)。
まだまだ「先生」だなんて大した人間じゃないので、今まで通りの呼び方で好きに呼んでもらいたいですね。
厩舎運営とこれからの目標
――いま厩舎にいる馬は、名古屋競馬場のほかの厩舎から転厩してきた形ですか?
いえ、名古屋競馬以外から来た馬をそのまま入れてもらっています。たぶん開業したばかりのどこの厩舎でも、同じ競馬場から転厩してくるパターンは珍しいと思いますね。
――最後になりますが、目標にされている調教師の方はいますか?
同じ名古屋競馬場の宇都(英樹)先生ですね。最近、活躍馬もどんどん出てきているんですよ。しかも宇都厩舎は雰囲気もすごく良いんです。
私も同じように、厩舎の雰囲気が良くて、結果も残せるような厩舎を目指していきたいです。
――本日は貴重なお話、ありがとうございました。
ありがとうございました。

ホースマンとして、幾度もの転機を乗り越えてきた宮下瞳氏はいま、新たなスタートラインに立っている。立場は変わっても、競馬と真摯に向き合い続ける姿勢は決して変わらないだろう。
名古屋競馬を舞台に、その挑戦がどのような形で実を結んでいくのか、今後の活躍に注目したい。
【了】
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【著者プロフィール:中西友馬】
大学卒業後、競馬新聞社に入社し、約7年間専門紙トラックマンとして美浦に勤務。テレビやラジオでのパドック解説など、メディア出演も行っていた。2024年よりフリーライターとしての活動を始め、現在は主に、株式会社カンゼンが運営する競馬情報サイト『競馬チャンネル』内の記事を執筆している。


