
名古屋競馬で長年にわたり活躍し、重賞制覇や黄綬褒章受章など数々の栄誉を手にしてきた宮下瞳氏。そのキャリアは決して平坦なものではなかった。引退、子育てを経て復帰し、再び結果を残したのち、現在は調教師として新たな道を歩んでいる。本インタビューでは、騎手としての歩みから調教師転身の背景、そして現在の思いに迫った。[2/5ページ]
引退した経験が強みに
信頼を積み重ねて掴んだ騎乗機会
――では、騎乗数を確保して勝ち続けるために、意識していたことなどはありますか?
復帰する前に約1年間、厩務員さんのお仕事を経験させてもらったからこそ、馬がレースに出走するまでの大変さというものを実感しました。
だから、厩舎スタッフさんへの感謝の気持ちを忘れないようにしています。
あとは、他のジョッキーが2時に起きるんだったら、自分は1時とかに起きて、1頭でも多く攻め馬に乗るようにしていました。それが厩舎からの信頼にも繋がって、騎乗数を確保できていたのかな、とも思います。
変化する女性騎手を取り巻く環境
――長く騎手を経験されてきた中で、現在の競馬界の女性騎手の環境についてはどのように感じていますか?
今はめちゃくちゃ働きやすくなっていると思います。JRAさんなんかは、最初4キロ減から始まるじゃないですか。それもあって、女性騎手でもたくさん乗せてもらえているので、すごくいいことだと思います。
女性騎手だと、特に最初は全然乗せてくれないイメージが今まであったんですけど、4キロ減の制度を生かして活躍している女性騎手がいることで、関係者さんもどんどん起用してくださるので、すごく良い環境だと思います。
――そうしたキャリアの中で、ご自身が目標としていたレースはあったのでしょうか?
私は一度目の引退をするまでは、重賞に乗る機会さえもあまりなかったんですよ。騎手に復帰してからポルタディソーニという馬に出会って、その馬で重賞を4つ勝たせていただいたんですけど、それまでは重賞なんて全く縁がありませんでした。だから、「このレースに勝ちたい」とかはなかったというか、想像もしていませんでした。
――女性騎手としてキャリアを積まれてきた中で、他の女性ジョッキー同士の交流はありましたか?
昨年までは女性騎手だけのレースがあったので、全国各地の競馬場で騎乗する機会がありました。その時に連絡先を交換することもありましたね。
――特に仲の良い方はいますか?
高知の別府真衣ちゃんは、ジョッキー時代から仲良くしていて、今でも連絡取ったりしますね。
――では、これからジョッキーを目指す方にメッセージをお願いします。
ジョッキーという仕事は、努力すればしただけ結果に繋がる素晴らしい職業なので、ぜひ諦めずに頑張ってほしいなと思いますね。あとは自分もそうだったんですけど、馬に乗ることを楽しみながらレースに臨んでほしいですね。


