
昭和、平成、令和と3つの時代を駆け抜けた柴田善臣騎手が、2026年9月18日をもって現役生活に幕を下ろした。42年目に及ぶ騎手生活の中で、数多くの名馬とコンビを組み、ファンの記憶に残る名勝負を繰り広げてきた柴田騎手。今回は彼の42年に及ぶ騎手人生を振り返り、特に印象的な活躍を見せた5頭を紹介していく。[5/5ページ]
■柴田善臣とコンビを組んだ名馬5選
■ ルーベンスメモリー

柴田善臣騎手の42年に及ぶ現役生活を振り返ると、騎乗馬には数多くのGⅠ馬が登場する。だが、彼の残した記録は決して大舞台での勝利だけではない。そのことを象徴する1頭が、ルーベンスメモリーである。
父は皐月賞馬ジェニュイン、母の父にはノーザンテーストを持つ血統馬。2002年にデビューし、翌2003年3月に初勝利を挙げると、その後も条件戦で好走を重ねるなど、着実に力をつけていた。
しかし、同年夏に思わぬアクシデントに見舞われる。ウォーキングマシンでの調整中に右目を負傷し、視力を失ってしまったのだ。
競走馬にとって、周囲の状況を把握する視覚は極めて重要であり、片目が見えなくなることは大きなハンデとなる。ルーベンスメモリーもこの事故によって、競走生活の継続そのものが危ぶまれた。
それでも陣営は諦めなかった。懸命な調整を続け、翌2004年にはレースへの復帰を果たす。そして、その再出発を支えたのが柴田騎手だった。
右目が見えないということは、当然ながら右側の状況を把握しづらくなる。そのため、復帰後は左回りの東京や新潟を中心に出走し、少しずつ実戦経験を重ねていった。
すると、2004年7月には新潟競馬場で復帰後初勝利を挙げ、翌8月にも同じ新潟で勝利。さらに2005年5月には東京競馬場の秩父特別を制するなど、片目の視力を失いながらも着実に勝ち星を積み重ねていった。
そして迎えた2005年12月10日。右回りの中山競馬場で行われた幕張特別で、ルーベンスメモリーは柴田騎手を背に勝利を挙げた。
右目の視力を失ってからは左回りのコースを中心に使われてきた同馬にとって、この勝利は単なる条件戦の1勝ではなかった。大きなハンデを抱えながら、右回りの舞台でも結果を残してみせたのである。
さらに、この白星は柴田騎手にとって5年連続となるJRA年間100勝を達成した記念すべき1勝でもあった。そんな記念すべき勝利の相棒が、片目の視力を失いながらも走り続けてきたルーベンスメモリーだったというのは、何とも印象深い。
そして翌2006年1月には、再び右回りの中山競馬場で行われた迎春ステークスを制覇。ついにオープン入りまで果たした。重賞制覇こそかなわなかったが、その後も現役生活を続け、通算40戦6勝という成績を残してターフを去った。
もちろん、隻眼というハンデを乗り越えたのは、ルーベンスメモリー自身の頑張りと、支え続けた陣営の努力があってこそだろう。
しかし、その力を競馬場で引き出し続けた柴田騎手の存在もまた、決して小さなものではなかったはずだ。
GⅠタイトルや重賞勝利数だけでは測れない、騎手としての技術と経験。それを物語るうえで、ルーベンスメモリーほどふさわしい相棒も、なかなかいないのではないだろうか。
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【文●小早川涼風】
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