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1996年日本ダービーを制した藤田伸二騎手とフサイチコンコルド
1996年日本ダービーを制した藤田伸二騎手とフサイチコンコルド

騎手にとって“ダービージョッキー”の称号は、何よりも特別なものだろう。数々の名手たちが挑み、涙を飲んできた日本ダービー。その頂点を、まだ若いうちに掴み取った騎手たちは果たして誰なのか。今回は、グレード制導入後に日本ダービーを制した騎手の中から、“最年少勝利”ランキングTOP5を振り返る。[5/5ページ]
※記録は2026年5月19日現在のもの

第1位:藤田伸二(24歳3ヶ月6日)

24歳で頂点へ…“漢”が打ち立てた最年少記録

 1996年の日本ダービー。1番人気に支持されていたのは、武豊騎手騎乗のダンスインザダークだった。

 皐月賞こそ熱発で回避したが、仕切り直しのプリンシパルステークスを楽勝してここに臨んできた。

 ついに「武豊はダービーを勝てない」という長年のジンクスが打ち破られる。そう期待したファンも少なくなかっただろう。

 だが、この年のダービーで生まれたのは、武豊騎手の悲願達成ではなく、別の歴史的記録だった。

 圧倒的支持を集めたダンスインザダークに対抗できるのは、彼と同じくサンデーサイレンスを父に持つ皐月賞馬のイシノサンデー、ダービー馬ウイニングチケットの弟であるロイヤルタッチが筆頭だろうと思われていた。

 そんな中、デビュー6年目の藤田伸二騎手が跨る相棒、フサイチコンコルドは7番人気だった。

 ここまで2戦2勝とはいえ、前走は3月のすみれステークス。当時は現代のように直行ローテが主流ではないうえ、フサイチコンコルドは体質面に不安を抱えており、予定していたレースを回避しての本番だった。

 さらに東京競馬場に到着した後も熱発を発症するなど、万全とは言えない状態での出走だった。

 今のようにテレビ中継が全場行われていたわけでもないため、関東での実績がない関西馬は、どうしても人気を集めにくい背景もあった。

 しかし、レース当日のフサイチコンコルドは落ち着き払っていた。

 ダンスインザダークが馬場入り後、その雰囲気に熱されたか、ややエキサイトするシーンを見せる中、フサイチコンコルドはスタンドの前で大あくびをする余裕もあったという。

 その姿に、武豊騎手が藤田騎手へ「お前の馬、おとなしいな」と声を掛けたというエピソードも残っている。

 スタート直後は、両馬のその様子がそのまま出たようなレースの進み方であった。

 やや出負けしたフサイチコンコルドは位置を取りに行き、反対に好スタートを切ったダンスインザダークは行きたがるところを抑えられる。

 それでも両者しっかり折り合い、最後の直線で先に抜け出してきたのはダンスインザダーク。切れ味十分に新緑の府中を駆け抜ける黒鹿毛の馬体に、武騎手のダービー制覇を夢見たファンも多かったはず。

 しかし、200mのハロン棒前で2番手にいたフサイチコンコルドが急加速。ライバルを眼前に捉えて闘志に火が点いたのか、脚色が完全に変わった。そのままダンスインザダークを捉えてフィニッシュ。

 キャリア3戦目でのダービー制覇は、2026年5月19日現在でも彼以外に存在しない。

 体質も強くなく、レース経験も浅いパートナーを、ぶっつけ本番で世代の頂点に導いた藤田騎手の手腕には、ただただ驚かされるばかりである。

 藤田騎手はこの勝利で、グレード制導入後では1位、戦後全体でも史上2位の若さで日本ダービーを制した騎手となった。

 藤田騎手はこの記録以外にも、デビュー2年目でエリザベス女王杯を制覇し、1994年の京都新聞杯では単勝1.0倍のナリタブライアンを破るなど、大舞台で数々の強さを見せてきた騎手である。

 その勝負強さが最も鮮烈な形で表れたのが、1996年の日本ダービーだと言えるだろう。

【了】

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【著者プロフィール:小早川涼風】

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