
騎手にとって“ダービージョッキー”の称号は、何よりも特別なものだろう。数々の名手たちが挑み、涙を飲んできた日本ダービー。その頂点を、まだ若いうちに掴み取った騎手たちは果たして誰なのか。今回は、グレード制導入後に日本ダービーを制した騎手の中から、“最年少勝利”ランキングTOP5を振り返る。[4/5ページ]
※記録は2026年5月19日現在のもの
第2位:ミルコ・デムーロ(24歳4ヶ月21日)
初めてづくし…ダービーでの短期免許・初騎乗・初勝利!
2026年現在、日本競馬界にはミルコ・デムーロ騎手しか達成していない偉業がある。
それは「短期免許とJRAの騎手免許、どちらでも日本ダービーを制した」というものだ。
同じく日本で騎手免許を取得したクリストフ・ルメール騎手は、フランスから遠征していた際の日本ダービー勝利はなし。
もし将来、ダミアン・レーン騎手がオーストラリアから移籍してくるようなことがあれば、2人目の記録達成も現実的になってくるが、現時点ではミルコ騎手のみが保持する大記録となっている。
そんな彼が初めてダービーを制したのは、わずか24歳4か月の時だった。
もっとも、その若さながら、すでにイタリアでは3年連続リーディングジョッキーに輝いており、日本でも短期免許で重賞勝利を重ねるなど、その実力は高く評価されていた。
そして2003年、福永祐一騎手が当時の2歳王者エイシンチャンプに騎乗する関係で、それまで主戦を務めていたネオユニヴァースの鞍上が空いた。そこに白羽の矢が立ったのが、ミルコ騎手だったのである。
初コンタクトとなったスプリングステークスを快勝すると、続く皐月賞も勝利。ゴール後は2着の田中勝春騎手の頭を叩く「若さ」も見せたが、見事に人馬でG1初制覇を飾った。
迎えた日本ダービー当日。前日に大雨が降ったことで馬場状態は重まで悪化し、かなり荒れたコンディションとなっていた。切れ味を武器とするネオユニヴァースにとって、この馬場は課題。
果たして克服できるのか、それが大きな焦点となっていたが、勝負所でその心配は全て杞憂になった。
各馬が荒れたインを避けて脚を伸ばそうとする中、ネオユニヴァースとミルコ騎手だけがするすると内ラチ沿いから進出。
3コーナー入り口では後方から4番手にいたはずの同馬が、いつのまにか直線では中団まで押し上げていたのは、まさに「ミルコ・マジック」である。
そしてそのまま上り最速の末脚を炸裂させると、先に抜け出したゼンノロブロイとザッツザプレンティをあっさりとらえて優勝。世代最強を事も無げに証明してみせた。
ちなみに、ミルコ騎手は前述した記録以外にもうひとつ、彼しか成し得ていない大記録がある。
それは、「短期免許時代」と「JRA所属後」の両方で、日本ダービーを“初騎乗・初勝利”で制しているということ。
この異次元とも言える記録こそ、今後も破られることのない金字塔なのかもしれない。


