「負けられない南井克巳、譲れない武豊」オグリキャップ対バンブーメモリーなど【マイルCS名勝負5選①】
1984年に新設され、秋のマイル王決定戦として定着したマイルチャンピオンシップ。スプリンターズSから臨む馬もいれば、中距離戦の天皇賞(秋)から転戦する馬もおり、非常に興味深い一戦となっている。11月に京都芝1600mで開催されることは創設当初から変わらないが、2020〜2022年の3年間に関しては、京都競馬場の改修工事のため、阪神芝1600mを舞台に行われた。そんなマイルチャンピオンシップの歴史の中から、前半は20世紀に行われた5つのレースをピックアップして紹介する。
①1984年(勝ち馬ニホンピロウイナー)
最初に取り上げるのは、1984年に行われた、記念すべき第1回マイルチャンピオンシップ。
まだ中長距離路線が王道とされていた時代背景の中で、春の安田記念と双璧をなす、秋のマイル頂上決戦として新設された第1回マイルチャンピオンシップには16頭が出走。その中で断然の支持を集めたのは、5歳(現4歳)馬のニホンピロウイナーであった。
ニホンピロウイナーは、3歳(現2歳)の9月にデビューしてから、5戦4勝の好成績できさらぎ賞を制覇した。クラシックの有力候補としてスプリングSに出走するも6着に敗戦。続く皐月賞でもミスターシービーの20着と大敗を喫し、強さを見せていたスプリント〜マイルへ路線変更した。
これが功を奏し、4歳(現3歳)10月からは7戦6勝。その中には、皐月賞で大敗したのと同じ二千の朝日チャレンジCでの勝利も含まれており、ニホンピロウイナー自身の充実も見てとれた。
そんな中で出走することとなった、マイルチャンピオンシップ。単勝オッズ1.6倍という断然人気に推され、当時まだ採用されていた、万が一除外になったときに枠連が返還される単枠指定となっていた。
レースは、ハルマゲドンがハナを切り、シャダイソフィアが2番手を追走。注目のニホンピロウイナーはその後ろの好位集団の最内につけていた。レースが動いたのは3〜4角の中間あたり。最後方にいた3番人気ハッピープログレスが外から一気に上がり、先頭の外まで並びかける。ニホンピロウイナーも空いた内を突いて先頭との差を詰めて4角を回り、最後の直線へと向かう。
直線に入ると、各馬横に広がっての争い。大外からハッピープログレスが先頭も、離れた最内を選択したニホンピロウイナーが並びかける。その真ん中にはシャダイソフィアがいて、3頭が大きく広がっての追い比べ。
その中からシャダイソフィアが遅れをとり、完全に2頭の争いに絞られる。馬体が離れていたためゴール前まで態勢が分からなかったが、先着したのは内のニホンピロウイナー。半馬身差の2着がハッピープログレスとなり、さらに2馬身半差の3着には追い上げたダイゼンシルバーが入った。
勝ったニホンピロウイナーは、記念すべき第1回マイルチャンピオンシップを制覇。その後は翌年の安田記念に加え、引退レースとなった第2回マイルチャンピオンシップも勝利して連覇を達成。1984年のグレード制導入とともに整備された短距離路線において、まさに先駆者のような存在であった。