
中央競馬のG1競走は、2025年時点で年間わずか24レースしか行われない。その希少さゆえにホースマンなら誰もが憧れる舞台となる。本記事では、1984年のグレード制導入以降に、JRAのG1タイトルを手にした騎手について、勝利数トップ10をランキング形式で振り返る。[2/10ページ]
第9位 蛯名正義(26勝)
1987年に騎手デビューを果たし、G1通算26勝を挙げた蛯名正義元騎手(現調教師)が9位にランクインした。
同期に現在も第一線で活躍中のレジェンド武豊騎手がいたため、影に隠れた存在であったかもしない。
だが関東ではメキメキと力をつけ、2001年に全国リーディングジョッキーの座を獲得。ファンには“エビショー”の愛称で親しまれ、2021年に34年間の長いジョッキー生活に終止符を打った。
蛯名元騎手は、デビュー6年目の1992年、ラシアンゴールドとのコンビでG3フェブラリーハンデキャップ(現・G1フェブラリーS)を制覇。
その後、フジヤマケンザンとのコンビでは、G2の香港国際カップなど重賞3勝を挙げた。また、95年の天皇賞(春)で、ゴール入線直後に思わずガッツポーズが飛び出すほど際どい2着に入ったステージチャンプとの出会いもあった。
しかし、G1初制覇を遂げたのは96年であった。バブルガムフェローに騎乗し、史上初の3歳馬による天皇賞(秋)優勝に導くと、
その後は、98年にエルコンドルパサーとのコンビでジャパンカップを、99年にはウメノファイバーで自身初のクラシック制覇となるオークスを奪取。
2000年に安田記念とマイルCSの春秋マイル制覇を果たしたエアジハードや、01年に高松宮記念&スプリンターズSを制して春秋スプリント王に君臨したトロットスターなどが印象的であった。
しかし、蛯名元騎手が超一流騎手であることの存在感を強めたのがマンハッタンカフェとのタッグではなかろうか。小島太厩舎の主戦騎手に抜擢されて01年の菊花賞、有馬記念、そして02年の天皇賞(春)とG1・3勝を積み重ねた。
さらには、2010年にアパパネとのコンビで牝馬三冠達成などG1・5勝を挙げたが、生涯で日本ダービーを手にすることはできなかった。
13、14年に天皇賞(春)を連覇することになるフェノーメノと、14年に皐月賞を制したイスラボニータに騎乗して臨んだが、ともに僅差で惜敗した2着が最高成績となった。
16年には、いずれも8番人気の伏兵扱いだったディーマジェスティで皐月賞、マリアライトで宝塚記念を制し、G1通算26勝を積み上げた。
天皇賞を4勝したほか、オークス、皐月賞でそれぞれ2勝を挙げるなど、クラシック通算6勝を飾った実力者は、現在調教師としてG1制覇を目指し、第二の人生を歩み奮闘中である。


