④2000年(勝ち馬ダイタクヤマト)
タイキシャトルのように圧倒的な人気に応えたレースももちろん記憶に残るが、人気薄の馬による激走によって大荒れとなったレースも、ファンの記憶に強く刻み込まれる。その代表的なレースが、ダイタクヤマトの勝った2000年である。
この年からスプリンターズSは、開催時期が年末から秋へ移動。戦前の主役は、前年のスプリンターズSでワンツーを決めていた2頭であった。
1番人気は前年2着のアグネスワールド。国内のG1勝利こそないが、名前の通りフランスとイギリスでG1勝利を収めており、直前にイギリスのジュライカップを制しての参戦であった。
2番人気は前年覇者のブラックホーク。7歳となっても力の衰えは感じず、直前のセントウルSでも59キロを背負いながら2着に好走していた。
それに対してダイタクヤマトは、16頭立て16番人気の最低人気。それまで重賞勝利のない7歳馬で、直前のセントウルSでも57キロで7着に敗れていた。そんなダイタクヤマトの鞍上を任されたのは、この馬の騎乗3回目となる江田照男騎手であった。
一番速いスタートを決めたダイタクヤマトであったが、その内から逃げの名手中舘騎手騎乗の快速馬ユーワファルコンがハナを主張。その直後にダイタクヤマトがつけ、アグネスワールドは好位、ブラックホークは中団からの競馬となる。ダイタクヤマトは4角手前で先頭のユーワファルコンに並びかけると、直線では完全に抜け出す。アグネスワールドとブラックホークは直線でともに内を選択し、併せ馬の形でジリジリと迫るが、ダイタクヤマトが押し切って勝利。
人気馬2頭を従えて、最低人気馬がアッと驚くG1初制覇。単勝257.5倍はG1歴代2位(当時)の高配当となった。殊勲の江田騎手は20年以上経った今でも、「穴男」と呼ばれている。
その後ダイタクヤマトは重賞タイトルを2つ獲得し、翌年のスプリンターズSでも3着に好走。この時の激走がフロックではないことを自ら証明してみせた。