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春の別れ…2026年に引退するJRA調教師(4)騎手デビューから50年!藤田菜七子騎手などを育てた愛され調教師

text by 中西友馬
JRA通算200勝達成した時の根本康広調教師
JRA通算200勝達成した時の根本康広調教師

春は新たな出会いの季節であると同時に、別れの季節でもある。競馬界のカレンダーでは、3月から新たな騎手や調教師がデビューするため、勇退する騎手や調教師は2月末に退くことになる。
そこで今回は、2026年に引退する調教師に焦点を当てる。今年は美浦5人、栗東2人の計7人。それぞれの活躍をひとりずつ振り返っていく。今回は4人目。

※文中のさまざまな記録は、2025年末時点での数字を掲載。

④根本康広

生年月日:1956年1月31日
出身:東京都
免許取得年:1997年
所属:美浦
代表馬:タンジブルアセット、ハイフレンドトライ

 4人目は、根本康広調教師。調教師に転身する前には、ジョッキーとして華々しい活躍をした経歴を持ち、騎手時代にG1・3勝を挙げている。

 その3勝の中には、メリーナイスとのコンビで6馬身差圧勝を飾った1987年のダービーも含まれており、見事にダービージョッキーの称号を手に入れている。

 20年間の騎手生活で通算235勝を挙げ、翌年から厩舎を開業。調教師となってからは、馬の育成もさることながら、人の育成に力を入れている印象が強かった根本調教師。

 同時期に丸山元気騎手、野中悠太郎騎手、藤田菜七子騎手の3人を所属騎手としていたことは印象的である。

 さらには藤田菜七子騎手が現役を引退した後には、長浜鴻緒騎手を迎えて再び所属騎手3人態勢をとっており、騎手出身調教師らしく、騎手の育成に注力していたイメージが強い。

 これだけ所属騎手を抱えていると、騎乗機会を与えることが難しいようにも思えるが、どの所属騎手も騎乗機会に恵まれていない印象はなく、若手騎手にでも積極的にチャンスを与えていた。

 2026年に勇退するにも関わらず2024年から長浜騎手を新たに迎えており、最後まで自身のスタイルを貫いた根本調教師。調教師に転身してからは重賞勝利こそなかったが、誰からも愛される人柄であり、非常に人望の厚い調教師であった。

【了】
【著者プロフィール:中西友馬】
1993(平成5)年6月18日、神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後、競馬新聞社に入社し、約7年間専門紙トラックマンとして美浦に勤務。テレビやラジオでのパドック解説など、メディア出演も行っていた。2024年よりフリーライターとしての活動を始め、現在は主に、株式会社カンゼンが運営する競馬情報サイト『競馬チャンネル』内の記事を執筆している。

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