強烈なインパクト!劇的なG1初制覇を飾った騎手(2)繰り上がり出走でまさかの…?天才騎手が掴んだ最初のG1タイトル

どれほど輝かしいキャリアを築いた騎手でも、必ず「G1初制覇」という特別な瞬間が存在する。あっさりとG1の壁をクリアした者もいれば、何度も跳ね返され、苦悩の末にようやくタイトルを掴み取った者もいる。今回は騎手のG1初制覇の中から、特に“劇的”だった5人を厳選。その一戦一戦をじっくりと振り返る。今回は2人目。
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②武豊
1988年菊花賞 スーパークリーク
次に紹介するのは、競馬界の生きる伝説・武豊騎手。そんな武豊騎手のG1初制覇は、スーパークリークで制した、1988年の菊花賞。
スーパークリークは、3歳(現2歳)の12月にデビュー。2戦目で初勝利を挙げるも、続く400万下(現1勝クラス)特別の福寿草特別で4着、きさらぎ賞で3着と、なかなか勝ち切れないレースが続いていた。
そんな中、すみれ賞でスーパークリークの手綱を執ることとなったのが、まだデビュー2年目の武豊騎手であった。スーパークリークと武豊騎手のコンビはこのレースを勝利し、そこから主戦ジョッキーとなる。
すみれ賞を勝利したことにより、春の大目標となるダービーへの道が開けてきたところであったが、骨折が判明。休養を余儀なくされ、ダービー出走は叶わなかった。
半年の休養を経て復帰した神戸新聞杯で3着。続く京都新聞杯で5着以内に与えられる菊花賞の優先出走権獲得に挑むも、道中の不利が影響して惜しくも6着。
菊花賞出走は厳しくなったと思われたが、賞金順上位の馬の回避により、滑り込みで出走を果たすことができた。
そして迎えた菊花賞。ダービー馬サクラチヨノオーが不在で、1番人気は皐月賞馬ヤエノムテキ。対するスーパークリークは3番人気であった。
レースは、ケイコバンがハナに立つかに見えたが、1周目の4角でカツトクシンが先頭に立ってペースを刻んでいく。ヤエノムテキは中団前めに位置を取り、スーパークリークはその直後からの競馬となる。
そのまま隊列に大きな動きのないままレースは進み、3〜4角の中間あたりでスーパークリークは好位まで浮上。そのまま4角を回り、最後の直線へと向かう。
直線に入ると、外へ進路を取ったヤエノムテキに対して、武豊騎手はスーパークリークをラチ沿いへと誘導。
最内のスペースを突いて先行各馬を捕えると、あとはグングンと突き放していく。最後は後続に5馬身差をつけての圧勝であった。
勝ったスーパークリークは重賞初制覇がG1の舞台となり、鞍上の武豊騎手もG1初制覇。史上最年少となる19歳でのG1勝利や、父・邦彦氏との菊花賞父子制覇の記録も同時に達成する勝利となった。
【了】
【著者プロフィール:中西友馬】
1993(平成5)年6月18日、神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後、競馬新聞社に入社し、約7年間専門紙トラックマンとして美浦に勤務。テレビやラジオでのパドック解説など、メディア出演も行っていた。2024年よりフリーライターとしての活動を始め、現在は主に、株式会社カンゼンが運営する競馬情報サイト『競馬チャンネル』内の記事を執筆している。
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