
⑦2012年(勝ち馬ジェンティルドンナ)
タップダンスシチーの圧逃Vから9年が経った、2012年のジャパンカップ。
当時の競馬界を席巻していた馬といえば、オルフェーヴル。前年、ディープインパクト以来史上7頭目の3冠馬に輝き、4歳秋にはフランス遠征。凱旋門賞ではソレミアの2着となったものの、日本調教馬史上初の勝利まであと一歩に迫っていた。そんなオルフェーヴルの帰国初戦となったのがジャパンカップであり、もちろん単勝1番人気に推されていた。
続く2番人気は、5歳牡馬のルーラーシップ。こちらは、春に香港のクイーンエリザベス2世CでG1初制覇。その後は宝塚記念2着、天皇賞(秋)3着と日本のG1でも成績は安定していたが、安定しなかったのがゲートであった。そのスタートの課題が尾を引き、終いは脚を使っているのに勝ち切れないというレースが続いていた。
3番人気は、3歳牝馬のジェンティルドンナ。こちらは、アパパネ以来となる史上4頭目の牝馬3冠を達成。その中でも特に強さが際立っていたのが、後続に5馬身の差をつけたオークスであった。そのオークスと同じ東京2400mで斤量も前出2頭より4キロ軽い53キロ。古馬との初対戦で力関係は未知だったが、古馬勢をまとめて負かす魅力を感じての3番人気であった。
この3頭に、ダービーと天皇賞(秋)で2着に入った、3歳牡馬のフェノーメノを加えた4頭が単勝10倍以下の人気に推され、発走を迎えた。
レースは、ビートブラックがハナを切り、トーセンジョーダンが2番手につける。ジェンティルドンナはその直後となる好位のインを追走し、オルフェーヴルとスタートで後手を踏んだルーラーシップは後方集団で並ぶような形となる。
前半1000mの通過は60秒2と決して早いペースではなく、後方の位置どりを嫌ったオルフェーヴルは、早めにポジションを上げ、4角手前ではジェンティルドンナの外あたりまで上昇。その間にビートブラックは徐々に後続を引き離し、10馬身近いリードを作って4角を回り、最後の直線へと向かう。
直線に入っても、ビートブラックが5馬身以上のリードを保って先頭。離れた2番手は、トーセンジョーダンを外から交わしたオルフェーヴルと、内から交わしたジェンティルドンナによる争い。
その2頭が併せ馬の形でビートブラックとの差を詰め、残り200mを切ったあたりで先頭争いへと代わる。そこからゴールまで激しく続いた追い比べは、内のジェンティルドンナがハナ差先着。2馬身半離れた3着には、またも出負けが響いたルーラーシップが入った。
写真判定の結果は比較的すぐに出たが、その後審議となり、ジェンティルドンナがビートブラックとオルフェーヴルの間をこじ開ける際に、オルフェーヴルに馬体をぶつけたシーンが何度もターフビジョンに映し出された。
降着か…そのままか…20分にも及ぶ長い審議の末、降着なしの裁定が下された。
少し後味の悪い結末とはなったが、勝ったジェンティルドンナは4つ目のG1タイトルを獲得。3歳牝馬によるジャパンカップ制覇は、史上初の快挙となった。
ジェンティルドンナはその後、翌年のジャパンカップも制して、こちらも史上初となるジャパンカップ連覇を達成。さらにその翌年、3連覇を目指して出走したジャパンカップでは4着に敗れるも、引退レースの有馬記念を勝利。国内外合わせて7つ目のG1タイトルを獲得し、有終の美を飾った。