②2006年(勝ち馬スプリングゲント)
ホッコーアンバーの勝利から4年が経った、2006年の京都ジャンプステークス。ホッコーアンバーと同じく、OP特別を連勝してここに挑んでいた馬がいた、スプリングゲントに注目が集まっていた。
しかも、入障戦では2着に敗れていたホッコーアンバーに対して、スプリングゲントは障害3戦3勝と未だ無敗。未知の魅力に期待が集まり、単勝2.0倍の1番人気に推されていた。
対する単勝3.9倍の2番人気は、平地時代に佐賀記念を勝っているマルブツトップ。こちらも入障戦を快勝するも、続くOP特別2戦ではともに2着と足踏み。しかしそのおかげで、スプリングゲントより斤量が1キロ軽い60キロで出走できていた。
レースは、小雨の降る不良馬場の中、イブキリムジンオーとスプリングゲントの7枠2頭が並ぶようにして先行態勢。マルブツトップはその後ろの好位集団から進めていた。そして、やはり動きがあったのは2周目の向正面。
ここでスプリングゲントが単独先頭に立ち、後続との差を広げていく。イブキリムジンオーは苦しくなって後続集団が吸収。マルブツトップもこの2番手集団で前を窺い、4角を回って最後の直線へと向かう。
直線に入ってもスプリングゲントの脚いろは衰えず、逃げ切り態勢。逆にマルブツトップは直線伸びを欠き、2番手には中団から徐々にポジションを上げたファントムスズカが浮上。しかし前を脅かすまでには至らず、ファントムスズカに3馬身半の差をつけて、スプリングゲントが勝利。マルブツトップは6着に敗れた。
勝ったスプリングゲントはその後、東京ハイジャンプと京都ハイジャンプも制覇。障害戦無傷の6連勝としたが、屈腱炎を発症し、2年近くの休養を余儀なくされる。
それでも懸命の治療でターフに戻ってくると、復帰5戦目の中山GJでキングジョイとの一騎打ちを制し、9歳にしてJG1初制覇。その後も怪我と戦いながら、13歳まで現役生活を続けた。まさに、スプリングゲント自身と陣営の諦めない気持ちが生んだ、JG1制覇であった。