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パンサラッサ ~海を渡り活躍した令和の大逃げ王。芝&ダートの国際GⅠを制した唯一の日本調教馬~

text by 沼崎英斗

パンサラッサ(Panthalassa)

パンサラッサは、稀に見る大逃げのスタイルで競馬ファンを熱狂させた名馬だ。デビュー当初は先行馬としてキャリアを重ねていたが、2021年のオクトーバーステークスを機にその走りが一変。以降は国内外の舞台で圧倒的なスピードを披露した。特にドバイターフやサウジカップといった世界的なG1レースでの勝利は感動を呼び、芝とダートの国際G1制覇は日本調教馬で初の快挙となった。そして、2022年天皇賞(秋)でのイクイノックスとの激闘は語り草となっている。

Panthalassa

プロフィール

性別 牡馬
ロードカナロア
ミスペンバリー
生年月日 2017年3月1日
馬主 広尾レース
調教師 矢作芳人
生産牧場 木村秀則
通算成績 27戦7勝【7-6-0-14】
獲得賞金 18億4466万3200円
主な勝ち鞍 ドバイターフ(2022年)
サウジカップ(2023年)
受賞歴 なし
産駒成績 産駒デビュー年:2027年(予定)
通算重賞勝利数:0勝
通算G1勝利数:0勝
代表産駒 なし

令和の逃亡者

 1998年、サイレンススズカという稀代の名馬がターフを去った。あの天皇賞(秋)の続きがどうなっていたかというのは、競馬ファンの心残りである。それから24年後の2022年10月30日、同じ天皇賞(秋)の舞台でパンサラッサの大逃げはサイレンススズカの夢の続きを見ているような感動と興奮を覚えた。

 パンサラッサのアイデンティティといったら“大逃げ”を思い浮かべるが、当初からそうだったわけではない。デビューからしばらくの間は先行するレースが多く、逃げたとしても常識の範囲内だった。OPやリステッドは好走するが、重賞では掲示板にのることができず陣営もダートを試すなど適性を探っていた。

 そんなパンサラッサに転機が訪れたのは2021年10月、東京で行われたオクトーバーステークス。鞍上・吉田豊は大逃げを選択する。これが後に主戦騎手となる吉田豊との出逢いであった。スタートから強気にハナを奪うと後続をぐんぐん引き離す大逃げを打ち、最後の直線で差を詰められたものの2着馬をアタマ差しのぎ、1年4カ月ぶりの勝利を挙げた。

 善戦続きであったリステッドで念願の勝利を収めたパンサラッサは、次にGⅢ福島記念に出走した。ここでも前半1000m57.3秒というハイペースを刻み、2着馬に5馬身差をつけて勝利し、晴れて重賞ウィナーとなった。そして、陣営が次のレースに選択したのは年末有馬記念。元々距離不安が囁かれていたが、それが現実となった形で13着に敗れる。

 年が明けて5歳になったパンサラッサは中山記念で勝利して、次走には海外のG1ドバイターフに出走を決める。のびのびと自分の形でレースを進めると、見事1着(同着)になり、G1を初制覇。このとき同着となったイギリスのロードノースはこの年を含め、同レースを3連覇することからもパンサラッサの強さが際立った形となった。

 その後は宝塚記念8着、札幌記念2着と勝つことはできないものの、日本でも並み居る強豪と渡り合いG1勝利がフロックでないことを証明した。

 そして、前述した天皇賞(秋)を迎える。陣営が好んで右回りを使っていたことや、直線が長い府中で行われる天皇賞(秋)は逃げ馬の成績が悪いといった側面などがオッズに表れ、単勝22.8倍の7番人気となった。

 しかし、パンサラッサはいつも通りの大逃げをし、前半1000mを57.4秒で通過する。あの名馬サイレンススズカの1998年天皇賞(秋)と全く同じ通過タイムというのが、なんとも感慨深い。直線手前の大欅、サイレンススズカの悲運のポイントを超え、なおも飛ばすパンサラッサ。そんな彼を追いかける馬はおらず、4コーナーを15馬身差以上つけて通過した。

 このまま逃げ切るのかと場内にどよめきが起こったが、後に絶対王者となるイクイノックスの猛烈な差しに屈し、2着に敗れた。しかし、パンサラッサがいたからこそ、競馬ファンにとって記憶に残る名勝負となったのである。その後、香港カップに出走するも10着に敗れ、2022年を終える。

 2023年初戦は、サウジカップの招待を受諾しサウジアラビアへ。久しぶりのダートのレースということもあり人気は高くなかったが、並み居るダートの猛者を完封してみせた。またも世界を驚かせ、日本馬史上初のサウジカップ制覇となった。また海外の芝・ダート両方のG1を勝利した初の日本調教馬となった。

 その後、ドバイワールドカップを10着とした後に、繋靱帯炎を発症した。休養後はジャパンカップに出走し、いつもの大逃げで会場を沸かせたものの12着。レース翌日には引退が発表され、種牡馬入りが決定した。

 種牡馬入りしたパンサラッサは、サンデーサイレンス系の血を持たない、いわゆる「非サンデー系」というところが、生産界からの人気を集めそうなポイントだ。管理した矢作調教師も「父ロードカナロア、そして母系に凱旋門賞を制覇したモンジューが入っていることで、1200m~2400mをこなす産駒が出る」と期待している。

 そしてパンサラッサには強力なバックアップもついた。世界的なグループであるユーロングループだ。オーストラリアとのシャトル種牡馬入りに際してのサポートが決まった。繁殖牝馬の質が高いユーロングループのサポートがあれば、パンサラッサの産駒が世界で活躍する可能性も大いに高まる。

 令和の逃亡者、世界のパンサラッサ。様々な逃げ馬にたとえられたパンサラッサだが、彼自身が強烈な個性となり、記憶にも記録にも残る名馬となったのである。

(文●沼崎英斗)

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