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カワカミプリンセス ~遅生まれで小さく買い手がつかなかった“ド根性プリンセス”の軌跡

text by 目白明

カワカミプリンセス(Kawakami Princess)

カワカミプリンセスは、遅生まれながら無敗でオークスと秋華賞を制し、牝馬二冠を達成した名牝だ。しかし、エリザベス女王杯では1位入線も降着処分となり、その後は勝利から遠ざかった。2023年に20歳で亡くなったが、買い手がつかない馬から二冠馬に輝いたその歩みは今も語り継がれている。

Kawakami Princess

プロフィール

性別 牝馬
キングヘイロー
タカノセクレタリー
生年月日 2003年6月5日
馬主 三石川上牧場
調教師 西浦勝一
生産者 三石川上牧場
通算成績 17戦5勝【5-2-2-8】
獲得賞金 3億5089万2000円
主な勝ち鞍 2006年 オークス
2006年 秋華賞
受賞歴 なし
産駒成績 産駒デビュー年:なし
通算重賞勝利数:0勝
通算G1勝利数:0勝
代表産駒 なし

雑草魂を持つ牝馬二冠のプリンセス

 北海道・三石町の生産牧場である三石川上牧場で生まれたカワカミプリンセス。父キングヘイローは超良血ではあるが、自身のG1勝利は高松宮記念のみと、種牡馬としての注目度は高くはなかった。母タカノセクレタリーはJRAと地方で計4戦走ったものの、未勝利に終わり、産駒も目立った活躍馬が出ていなかった。

 また、カワカミプリンセスは競走馬としては遅い6月生まれであり、体も小さく、競走馬として走らせるための買い手が見つからず、三石川上牧場が馬主となり競争馬生活をスタートさせた。

 他の同世代よりも体の成長が遅く、デビューできたのは3歳となった2006年2月、不良馬場の阪神競馬場だった。9番人気と低評価であったが、スタート良く飛び出し先頭に立つと、勢いは衰えずそのまま逃げ切り勝ち。低評価をあざ笑うかのように、鮮やかに逃げ切ってみせた。

 だが不良馬場に助けられたと、ファンに受け取られたのか、次走の条件戦でも6番人気と変わらずの低評価となった。だがレースでは前走と打って変わり、後方待機策から直線一気で連勝。2戦続けて実力で低評価を覆した。

 続くオークストライアルのスイートピーSは、前走の走りが評価され1番人気に支持される。道中は中団を追走するが、折り合いを欠いて一旦は後退するものの、3コーナーから徐々に進出すると、最後は逃げ粘る馬を差し切って勝利。3連勝でオークスへの優先出走権を獲得した。

 迎えたオークス。デビュー前は誰にも見向きもされず、それでもめげずに走って来た雑草魂がG1初挑戦ながら、桜花賞上位組のアドマイヤキッス、キストゥヘヴンに次ぐ3番人気に支持された。レースでは、スイートピーS2着のヤマニンファビュルが大逃げを打ち、一頭飛び出す展開となる。これに乱されることなくカワカミプリンセスは中団で折り合い、最終コーナーで先頭から離れた5番手で進んだ。

 直線で先頭に立ったアサヒライジングに迫り、残り400メートルからスパート。外から差し切ると、後方から追い込んでくるフサイチパンドラ、アドマイヤキッスの猛追を振り切り、見事G1初制覇を達成した。4戦4勝、無敗でのオークス制覇は49年ぶりの快挙であった。またスイートピーSを経由してのオークス優勝馬は現在でもカワカミプリンセス1頭のみである。日の当たらなかった雑草が燦然と輝いた瞬間だった。

 夏は休養にあて、秋への戦いへ英気を養うことになった。秋の目標を秋華賞、エリザベス女王杯と定め、トライアルレースを使わず秋華賞へ直行するプランも決まった。

 そして、秋華賞の当日。前哨戦を使わず直行するプランに、懐疑的な目でみるファンも多く、1番人気は前哨戦のローズSを制したアドマイヤキッスに譲り、2番人気となった。レースはハイペースのなか、オークス同様、中団待機から3コーナーでまくり気味に徐々に前に進むと、最後の直戦で外から豪脚が炸裂した。

 前を行く馬をまとめて差し切り1着。無敗の牝馬二冠を達成した。またこの勝利で数々の記録も達成した。無敗での秋華賞制覇は2002年ファインモーション以来2頭目。オークス、秋華賞の二冠達成は1997年メジロドーベル、2003年の牝馬三冠馬スティルインラブに続く3頭目。数多くの名牝たちと肩を並べた瞬間となった。

 もう同世代には敵はいない、次走は古馬も出走するエリザベス女王杯。牝馬No.1を決めるこの一戦にはフサイチパンドラ、アドマイヤキッス、アサヒライジングなどすでに破った同世代や、前年の女王スイープトウショウ、牡馬相手でも好走を続けるディアデラノビアなど歴戦の古馬も参戦した。そんななか、カワカミプリンセスは1番人気に支持された。

 レースでは、ハイペースの展開となり、中団待機から外めを進んだカワカミプリンセスは最後の直線、馬場中央の馬群を割って抜け出し1位入線でゴール。同世代だけではなく、古馬をも負かし牝馬最強の座についた瞬間となるはずだった。だが、審議のランプが灯る。対象となったのはカワカミプリンセス。

 約15分にも及んだ審議の結果、カワカミプリンセスが最後の直線で追い出す際、内に切れ込み、他馬の走行を妨害したとして、12着に降着処分となった。G1レースでの1位入線馬の降着は、1991年の天皇賞・秋のメジロマックイーン以来、史上2頭目。まさに天国から地獄。衝撃的な初の敗戦となってしまった。なお、繰り上がりで優勝したのは、同世代のフサイチパンドラだった。

 初の敗戦で流れが悪くなったのか、それとも燃え尽きてしまったのか。途中で大きなケガがあったことは事実だが、その後のカワカミプリンセスは牝馬二冠を達成した時の走りっぷりが幻だったかのように、精彩を欠いてしまう。古馬になってG1で2着になったことはあるが、降着したレースから12連敗を喫し、6歳時のエリザベス女王杯9着を最後に引退となった。

 引退後は故郷の三石川上牧場へ繁殖牝馬として戻り、活躍馬は出せなかったが10年連続で仔を産み続けた後、2023年20歳で天国へと旅だった。

 買い手がつかずデビューも危ぶまれたが、雑草魂で牝馬二冠を達成した事実を、ファンはこの先も忘れることはないだろう。

(文●目白明)

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