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1990年オグリキャップ引退式
1990年オグリキャップ引退式

日本の競馬は、大きく分けて中央競馬(JRA)と地方競馬(NAR)の二つに分類される。一般的には、中央競馬に所属する馬のほうがレベルが高いといわれるが、地方から中央へ舞台を移し、活躍を遂げた馬も数多く存在する。
今回は、そうした馬たちに注目。その中でも特に印象深い5頭をピックアップし、順に紹介していく。[2/5ページ]

②オグリキャップ

 次に紹介する馬は、オグリキャップ。ハイセイコーが火付け役となった「第一次競馬ブーム」から約15年。再び競馬界が活気づく、いわゆる「第二次競馬ブーム」の中心にいたとされるのが、この馬である。

 オグリキャップは、岐阜県の笠松競馬場でデビュー。父のダンシングキャップは米国産馬ではあったが、現役時代に重賞勝利はなし。自身がダート馬だったこともあり、中央競馬というよりは地方競馬で活躍馬を輩出していた。

 母のホワイトナルビーも現役時代に笠松で走っていた馬で、お世辞にも良血馬とは言えない、笠松にゆかりのある血統であった。

 デビュー前から話題となっていたハイセイコーとは違い、オグリキャップのデビュー戦は2番人気2着。その後連勝を飾るも、4戦目ではデビュー戦で敗れたマーチトウショウに再び敗れて2着。しかしその後は、破竹の8連勝を飾り、現在の3歳春に中央へと移籍した。

 この笠松時代のライバルであるマーチトウショウとは、中央に移籍するまでになんと8回も対戦。オグリキャップの6勝2敗で、8戦のうち6戦でワンツー決着。

 まさにオグリキャップの最初のライバルであり、最初の2回の対戦で連敗したマーチトウショウという壁を乗り越えてオグリキャップは強くなり、中央へと羽ばたいていった。

 中央へと移籍したオグリキャップは、移籍初戦のペガサスSを快勝するも、クラシック登録をしておらず、皐月賞にもダービーにも出走することはできなかった。

 それでも連勝をどんどん伸ばしていたが、迎えた天皇賞(秋)で、同じく連勝を続けていた1歳上のタマモクロスとの「芦毛頂上決戦」に敗戦。笠松時代から続く連勝は、14でストップした。

 しかしその後、古馬となってからも勝利を重ねていき、1600m〜2500mまで幅広い距離で、G1を4勝する活躍。

 特に引退レースとなった有馬記念での、武豊騎手との復活のラストラン、そしてウイニングランでの中山競馬場に詰めかけた18万人弱の地響きのようなオグリコールは、今でも競馬ファンの語り種となっている。

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