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2006年目黒記念を制した時のポップロック
2006年目黒記念を制した時のポップロック

2026年1月15日現在、G2最多勝はバランスオブゲームの6勝、5勝にはメジロマックイーンなどが続く。ただし、これらの馬はいずれもG2以外の重賞勝利がある。
一方で、G2“のみ”を複数回勝利した馬も存在する。近年ではディープボンドなどがその例だ。今回は、2000年以降に活躍したG2のみ勝利した5頭を紹介する。[3/5ページ]

③ポップロック

主な勝ち鞍:G2・2勝(2006,2007目黒記念)

 音楽ジャンルにおける「ポップ・ロック」は、「純粋なポップミュージックとハードロックの中間に位置し、両者の長所を融合させたスタイル」として知られている。

 つまり、曲調が軽やかなポップスと、重くて力の出るロックを融合させた点を併せ持つのが、その特徴だ。

 だとするなら、スピード馬場に強いサンデーサイレンスの血を引く母ポップスと、欧州の重い馬場で活躍した父エリシオを両親に持つ馬が「ポップロック」と名付けられたのは、実に洒落たネーミングと言える。

 異なる資質を併せ持ち、双方の良さを発揮してほしい。そんな願いが、この馬名には込められていたのかもしれない。

 そんなポップロックは5歳の頭までは条件戦をなかなか抜け出せなかったが、4月の500万下条件(現:1勝クラス)で勝利すると急成長。

 1か月後のダービーデーには目黒記念を制覇し、重賞ウィナーの仲間入りを4連勝で果たしてみせた。

 この勝利の後、陣営は彼の活路を海外に見出し、秋には僚馬のデルタブルースとともにオーストラリア遠征を敢行。初戦のコーフィールドカップを7着としたあと、最大目標のメルボルンカップへ出走した。

 レースでは中団から進めると、先に抜け出したデルタブルースを追いかけて大外から強襲。わずかにデルタブルースには届かなかったが、2026年1月現在、レース史上唯一となる日本馬のワン、ツーフィニッシュの記録を樹立した。

 そして彼は、とにかく長距離戦でめっぽう強かった。競走馬として全盛期に近かった2006年から2007年にかけて、2500m以上の距離では【3-2-0-1】と抜群の安定感を誇っている。

 さらに6歳の目黒記念では58.5キロというメンバーの中で最重量を背負いながら、そのハンデを全く感じさせない走りで1着、連覇を飾った。

 欧州血統である父の底力を感じさせながらも、日本競馬界に適応したサンデーサイレンスの速力がいい方向に働いたようにも映る勝ち方だった。

 2010年2月のダイヤモンドステークスを最後に日本での競走生活にピリオドを打ち、その後はアイルランドへ移籍。2戦1勝を挙げ、現役生活に幕を下ろしている。

 現役引退後はチェコで種牡馬入りし、スロバキアやチェコの重賞で好走する馬を何頭か送り出したのち、2025年6月、24歳でその生涯の幕を閉じた。

 目黒記念で2勝目を挙げた際、鞍上の武豊騎手が「今後も大きいところで活躍していく馬だと思います」と語っていたことからも、G1級の実力を兼ね備えていたことは間違いない。

 馬名由来のままに、父母のいいところを融合させたステイヤーだったと言えるだろう。

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