
2026年1月15日現在、G2最多勝はバランスオブゲームの6勝、5勝にはメジロマックイーンなどが続く。ただし、これらの馬はいずれもG2以外の重賞勝利がある。
一方で、G2“のみ”を複数回勝利した馬も存在する。近年ではディープボンドなどがその例だ。今回は、2000年以降に活躍したG2のみ勝利した5頭を紹介する。[2/5ページ]
②サンライズペガサス
主な勝ち鞍:G2・3勝(2002産経大阪杯、2005産経大阪杯、2005毎日王冠)
1990年代後半から日本の競馬界を席巻した大種牡馬・サンデーサイレンス。彼に負けじと存在感を示していたのが、ブライアンズタイムとトニービンであった。
この時代の種牡馬リーディング争いは毎年のように、この3頭によって繰り広げられていた。
そして2000年代に入ると、サンデーサイレンスがトニービンの血を持つ繁殖牝馬と交配されるパターンも多く目立った。
だが一方で、サンデーサイレンスがブライアンズタイムの血を持つ繫殖牝馬と掛け合わされて産まれた子はわずかに12頭。その中で唯一、重賞を勝利したのがサンライズペガサスである。
デビュー自体は3歳1月と早くなかったが、秋には神戸新聞杯でクロフネに先着する2着となるなど、徐々に頭角を現した。
そして翌年の春には産経大阪杯を制して重賞初制覇。秋には天皇賞で3着になるなど、いつG1に手が届いてもおかしくないところまで来ていた。
しかしその矢先、競走馬としては不治の病ともいわれる屈腱炎を患ってしまう。翌年の天皇賞(秋)で1年ぶりの復帰を果たすが、続くジャパンカップで11着に敗れたのち、再発により1年以上の休養を強いられる。
治療を終えてターフに戻って来た2005年は、同世代のアグネスタキオンがファーストクロップのデビューを控える年で、サンライズペガサスは7歳になっていた。
復帰初戦の京都記念こそ11着と敗れるも、次走の中京記念(当時は3月開催で芝2000m)で2着として復調の兆しを見せる。
そしてそのまま転戦した産経大阪杯では、アドマイヤグルーヴやハーツクライといった、父にサンデーサイレンス、母の父にトニービンを持つ有力馬を抑えて1番人気に推された。
レースは前回のこのレース同様、中団から一気に勝負所で加速して抜け出すという彼本来の走りで、3年ぶりの勝利を挙げ、G2・2勝目の復活劇を飾ってみせた。
2026年1月現在、彼以外に産経大阪杯を2勝したのはG1昇格後のベラジオオペラのみで、G2時代は唯一の記録。それを屈腱炎という病を乗り越えて達成したのだから、見事というほかないだろう。
秋には毎日王冠も制し、決してこの復活がフロックではなかったことを示した。
産経大阪杯のレース後、管理する石坂正調教師は表彰式で目元が赤くなっていたという。屈腱炎という不治の病に対して不断の努力を続けた陣営。そしてそれに応えたサンライズペガサスに対して、改めて最大級の賛辞を送りたい。


