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1990年をダービーを制したアイネスフウジン
1990年をダービーを制したアイネスフウジン

あけましておめでとうございます。本年も競馬チャンネルをよろしくお願いいたします。
2026年は午年。競馬ファンにとっては、これ以上ないほど“縁起のいい一年”となることを期待したい。そこで新年一発目は、これまでの午年に行われた名レースをプレイバック。数ある名勝負の中から、特に印象的な5つを順に紹介していく。[2/5ページ]

②1990年 日本ダービー

勝ち馬・アイネスフウジン

 次に紹介するのは、1990年の日本ダービー。この年のダービーで人気を集めたのは、皐月賞の上位3頭であった。

 単勝3.5倍の1番人気は、皐月賞は3着止まりながら、上がり最速の脚で追い込んできたメジロライアン。単勝3.9倍という僅差の2番人気で皐月賞馬ハクタイセイが続き、皐月賞2着のアイネスフウジンが単勝5.3倍の3番人気。この3頭に人気が集まり、発走を迎えた。

 レースは、アイネスフウジンがハナを切り、ハクタイセイは皐月賞よりも前めのポジションを取って2番手の外を追走。メジロライアンは人気3頭の中では一番後ろとなる、中団馬群から進めていた。

 逃げるアイネスフウジンは向正面では馬場の悪い内をあけて走り、後続を3〜4馬身引き離す逃げを打つ。前半1000mを59秒8のミドルペースで通過すると3〜4角で後続を引きつけ、4角では最内に進路を取って最後の直線へと向かう。

 直線に入ると、追ってきたハクタイセイを突き離し、今度は離れた外に持ち出して伸びてきたメジロライアンの追撃も振り切り、アイネスフウジンが堂々の逃げ切り勝ち。

 2着にメジロライアンが入り、連れて伸びてきたホワイトストーンが1馬身半差の3着。積極的にアイネスフウジンを負かしにいった皐月賞馬ハクタイセイは、5着に敗れた。

 勝ったアイネスフウジンは、朝日杯3歳S(現朝日杯FS)以来となるG1・2勝目。世界レコードを記録した19万6517人の「ナカノコール」に迎えられてアイネスフウジンは退場したが、馬房に戻ると左前脚の腫れが判明。そして、それはのちに屈腱炎と診断された。

 復帰に向けて陣営による懸命の治療が続けられたが、アイネスフウジンが再びターフに姿を現すことはなく、このダービーを最後に現役引退が発表された。

 結果的にラストランとなったアイネスフウジンの魂のレースは、東京競馬場に詰めかけた19万人超の競馬ファンを熱狂の渦に巻き込む素晴らしい走りであった。

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