【無冠の父から生まれたGⅠ馬 5選】とんびが鷹を生んだ?血統の常識を超えた競馬のロマン
ブラッドスポーツ、そう呼ばれるほど競馬の世界で血統は重要だ。勝てない血が淘汰され、勝てる血が残っていく。だが、時として常識を覆す例外も現れる。G1を勝てなかった父から、突然、類まれな才能を持つ名馬が生まれるのだ。まさに「とんびが鷹を生む」。今回は、無冠の父から生まれ、G1を制した5頭の名馬を紹介する。[1/5ページ]
①ヤエノムテキ(父ヤマニンスキー)

最初に紹介するのは、ヤエノムテキ。その父はヤマニンスキーで、現役時代は芝1400m〜2000mで5勝を挙げるも、オープンクラスでは勝利を挙げることができず。
田原成貴騎手や河内洋騎手などが乗って勝利しており、地方競馬騎手招待というレースでは、笠松時代の安藤勝己騎手も騎乗して勝利を収めている。
能力の片鱗を見せていたヤマニンスキーだったが、度重なる脚部不安により現役を引退。現役引退後は、種牡馬入りを果たした。
ニジンスキーの産駒であるヤマニンスキーは、同じニジンスキー産駒のマルゼンスキーの種牡馬としての成功から、競走成績に関わらず種牡馬入りすることが決まっていた。
種牡馬入り当初はマルゼンスキーの代替種牡馬という印象であったが、そんな中で誕生したのが、ヤマニンスキー第3世代のヤエノムテキであった。
条件戦5勝のヤマニンスキーを父に持ち、現役時代3戦0勝オール7着の母ツルミスターから誕生したヤエノムテキは、4歳(現3歳)2月にダート戦でデビューを果たすと、なんとそこから2ヶ月経たないうちに挑んだ皐月賞を、9番人気で制覇。
その後、古馬となってからも鳴尾記念や大阪杯などの重賞を勝利。6歳(現5歳)の春からは岡部幸雄騎手とコンビを組み、同年の天皇賞(秋)では、メジロアルダンとのアタマ差の接戦を制して2つ目のG1タイトルを獲得。
このレースには、オグリキャップも1番人気で出走しており、6着に下しての勝利であった。
このヤエノムテキの活躍から、その父ヤマニンスキーの種牡馬としての需要はさらに高まり、もう誰もマルゼンスキーの代替種牡馬とは言わなくなっていった。



