
④根岸ステークス(G3)
さすがにG3ともなるとレース数が多く、いくら武豊騎手といえども勝ったことのないレースは、新設のものを含めて20前後存在する。
しかしその中で、10回以上挑戦しながら勝利のないレースは2つだけ。そのひとつである「根岸ステークス」には、これまで15回挑戦している。
その中で一番勝利に近づいたのは、サマーウインドとのコンビで挑んだ2010年であった。
サマーウインドはJRAでデビューしたものの、2歳時に骨膜炎を発症したことにより、デビュー時期は未勝利戦も終わろうとしていた3歳8月。
芝の短距離戦を2戦したが、惜しくも2着が最高のまま今度は骨折してしまい、門別へと転出することとなった。
しかし、骨折から復帰した4歳夏に門別で連勝を果たし、わずか2戦でJRAへと再転入。
中央でもダートの短距離を使われると、3連勝でオープン入り。そしてオープンでの初戦が、根岸ステークスであった。
重賞初挑戦にも関わらず、いまだ底を見せていなかったサマーウインドは、抜けた1番人気。武豊騎手とは、再転入初戦の条件戦以来、2度目のコンビ結成であった。
レースは、ケイアイテンジンがハナを切り、サマーウインドは2番手集団の外めを追走。馬群は縦に長くなっていたが、前半の600m通過は35秒6と速いペースではなかった。
オープンクラス初出走のサマーウインドにとっては、そこまで速くない流れは理想的に見え、2番手からいつでも抜け出せる手ごたえで4角を回り、最後の直線へと向かう。
直線に入ると、逃げるケイアイテンジンをぴったりとマークするサマーウインド。早く抜け出しすぎないように追い出しを我慢していたが、他馬とは段違いとなる抜群の手ごたえ。
残り300mあたりで満を持して追い出されて残り200mで先頭へと立つも、離れた外を伸びてきたのがグロリアスノア。
残り100mあたりでサマーウインドを一気に交わして先頭でゴールを駆け抜けた。接戦となった2着争いを辛くも凌ぎ切ったサマーウインドが2着となり、ハナ差の3着にオーロマイスターが入った。
武豊騎手の根岸ステークス挑戦は、最初にも書いたように、この2010年を含めて15回。最高着順は、このサマーウインドに加えてワイドバッハとヘリオスでも記録している、2着となっている。


