③2005年(勝ち馬トーセンジョウオー)
プリエミネンスの連覇達成から3年が経った、2005年のマリーンカップ。この年は、施行時期が4月から6月へと変更。翌年再び4月へと戻ったので、1年間のみ6月開催で行われた。
1番人気は、既に交流重賞6勝を挙げていたレマーズガール。牡馬混合の重賞ではなかなか結果が出ていなかったが、牝馬限定戦では抜群の安定感を見せていた。前年のマリーンカップでも、ただ1頭56キロを背負いながら2着しており、今年も中心に考えられていた。
対する2番人気はオルレアン。こちらは交流重賞で2着が2回という実績。重賞タイトルこそなかったが、そのぶんレマーズガールより2キロ軽い54キロで出走できるアドバンテージがあった。
そして3番人気がプルザトリガー。こちらは地方所属馬ながら、エンプレス杯でレマーズガールを3着に破って交流重賞制覇。今回はレマーズガールと同斤の56キロになる点がポイントであった。
4番人気には、レマーズガールと1年半の間になんと7度も対戦し、2勝5敗という戦績のグラッブユアハート。対戦成績こそ負け越しているが、常にレマーズガールと接戦を演じている馬であった。
レースは、大外枠からでも好ダッシュを決めたオルレアンがハナを切り、同じく外枠のエターナルハピネスが2番手を追走。グラッブユアハートとスタートで躓いたプルザトリガーは並んで中団前めを追走し、1角で少しゴチャついてポジションを下げたレマーズガールは、中団後方寄りからとなる。レースが動いたのは、3角手前。3番手から早めに動いたトーセンジョウオーが先頭へと立ち、逃げていたオルレアンは苦しい展開。代わってジターナフォンテンやグラッブユアハートが前との差を詰め、4角を回って最後の直線へと向かう。
直線に入っても、トーセンジョウオーの脚いろは衰えない。逆に後続を突き放しにかかるが、ただ1頭グラッブユアハートだけが伸びてきて、トーセンジョウオーとの差を詰める。最後はクビ差まで迫るも、トーセンジョウオーが押し切って勝利。グラッブユアハートから3馬身離れた3着は、最後に脚を伸ばしたレマーズガールがなんとか確保した。
勝ったトーセンジョウオーは、3歳時の関東オークス以来、1年ぶりの重賞2勝目。前出エンプレス杯ではプルザトリガーの6着に敗れており、今回は7番人気と人気を落としていたが、久々のコンビとなった後藤騎手が思い切った騎乗で波乱を演出した。
ちなみにトーセンジョウオーはその後、2007年のマリーンカップを制してプリエミネンス以来、史上2頭目のマリーンカップ2勝目を達成。その前年に船橋に移籍しており、JRA所属と地方所属でマリーンカップを制した馬となった。