涙なしでは語れない…GⅠ馬の執念を感じる大激走【伝説の復活劇 5選】
名馬と呼ばれたGⅠホースたちも、時にスランプに苦しみ、敗北を重ね、引退の声が囁かれることもある。それでも彼らはあきらめず、復活の瞬間を想い描きながら、静かに牙を研ぎ続けた。今回は、G1を勝利しながらも大きな挫折を味わい、のちに見事な復活を遂げた5頭の名馬を取り上げて紹介したい。
①オグリキャップ(1990年 有馬記念)
1988年の春に中央競馬へ移籍してから、常に当時の競馬界の中心であり続けたオグリキャップ。その走りは多くの人を熱狂の渦に巻き込み、競馬を知らない人でも名前を知るほどの存在となっていた。
成績も超がつくほどの優秀さで、6歳の春まで掲示板を外したことは一度もなく、G1レースは9戦3勝2着4回。人気、実力共にトップクラスのスターホースだった。
だが6歳の秋、オグリキャップはこれまでの走りが嘘のような不振となってしまう。初戦の天皇賞(秋)で1番人気に支持されながら6着となると、続くジャパンカップは11着。
今までは直線になると必ず追い込んできたオグリキャップが、苦しそうに馬群でもがく姿を見せたのはこの2戦が初めてのことだった。
そして、陣営は有馬記念で現役を引退することを決断。ラストランを迎える彼の背中には、安田記念で共に勝利を飾った武豊騎手が跨ることとなった。
手綱を取ることになった武豊騎手は、有馬記念に向けた調教からレース本番まで、とにかくオグリキャップに発破をかけていった。
1週前の追い切りはあえて負荷がかかりやすい芝で行うことを提言し、さらに当日のパドックと返し馬ではパートナーへ意識的に強くあたったという。
果たしてそれは功を奏し、オグリキャップは本来のギラついたような闘争心を取り戻してレースへ臨むことができた。
ゲートを出て、馬群の中団から競馬を進めたオグリキャップは、1000m通過が1分3秒8という超スローペースでも引っかかることなく落ち着いていた。それはまるで、ホワイトストーン、メジロライアンといった4歳(旧馬齢)の有力馬に経験の違いを見せつけるかのような走りだった。
そして4コーナー、外から勢い良く先団に並びかけると、そのまま抜け出して優勝。「復活した本来の姿」を、ラストランでファンにまざまざと見せつけて、芦毛の怪物は惜しまれつつターフに別れを告げていった。