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1996年菊花賞を制した時のダンスインザダーク
1996年菊花賞を制した時のダンスインザダーク

②ダンスインザダーク

 1995年の夏、社台ファームを訪れていた武騎手。そこで当時の場長である吉田照哉氏が「ダンスパートナーの下、乗ってみる?」と提案したのが、ダンスインザダークと武騎手の出会いだった。

 その乗り味に「ダービーを勝てるシーンがはっきり見えた」と感じた武騎手は、翌日、同馬が預託される橋口弘次郎師の元へ行き「ダンスパートナーの下、乗せてください!」とお願いしたという。

 その期待通り新馬戦を楽勝したダンスインザダーク。しかもその勝ち方は、内にササる癖を矯正していたらいつの間にか先頭でレースが終わっていたというような走りで、同馬の素質を十分に証明するものであった。

 しかし、それほどの能力があってもダービーは2着。勝ち馬であるフサイチコンコルドとの差は、わずかクビ差だったが、武騎手にとって初めて1番人気で臨んだ競馬の祭典は、大きすぎるクビ差に泣いたレースとなった。

 だからこそ、秋は負けられなかった。京都新聞杯1着から臨んだ菊花賞は、1000m61.9秒、2000m127.0秒という超スローペース。緩い流れで捲り合いとなった2024年の同レースですら1000m62.0秒、2000m123.7秒と途中でピッチが上がっているのだから、この年は各馬の忍耐と瞬発力が極限まで試される1戦だった。

 さらに勝負所でダンスインザダークの前は詰まり、ポジションを後方に下げざるを得なくなるアクシデントが発生。だが、武騎手は冷静に最内を突き、直線に向くと迷うことなく相棒を外へ誘導した。

 その指示に応え、進路が開けたダンスインザダークは上り3F・33.8秒という豪脚を披露。抜け出していたフサイチコンコルドと、共に追い上げてきたロイヤルタッチを並ぶ間もなく交わし去り、見事に菊の栄冠を手にした。

 入線後、武騎手は珍しく何度もガッツポーズを繰り返した。それだけ、ダービーを勝たせられなかったパートナーをこの舞台で勝たせてやりたいという想いが強かったのだろう。その信念は、ダンスインザダークを最高の結果に導いた。

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