【第1位】フジキセキ(2889頭)
ディープインパクトやキングカメハメハを抑え、栄えある1位に輝いたのはフジキセキ。彼もまたサンデーサイレンスの息子であるが、ここまで種付け頭数が伸びたのはひとつの運もあったのかもしれない。
サンデーサイレンスの初年度産駒として朝日杯FSを制し、三冠当確とされながら怪我で現役を退いたフジキセキ。当然、今を時めく父の後継種牡馬として期待がかけられ、初年度から118頭の繫殖牝馬を集めた。
だが、結果は期待ほど産駒が走らず伸び悩んだ。その原因は父であるサンデーサイレンスだった。後継種牡馬としての役割が与えられたとはいえ、まだまだ勢いのある父に良い肌馬が集まるのはある意味当然ともとれる。
思ったより結果を出せなかったフジキセキは種付け頭数が落ち込み、1999年には93頭まで繫殖牝馬の数が減少。この前年には豪州へ日本初のシャトル種牡馬として旅立っている。
しかし、2世代目の産駒であるダイタクリーヴァが2000年の皐月賞で2着に好走すると、この年から種付け数が爆増。2000年から20002年まで種付け数200頭以上をキープし、2005年にカネヒキリが産駒としてのG1初勝利を挙げると、翌2006年には自身最大となる252頭に種付けを行った。
さらに2010年には、自身が豪州で種付けしたKeltshaanから産まれたキンシャサノキセキが高松宮記念を勝利。南半球産の外国産馬として初のJRA・G1制覇という偉業も打ち立てた。
そして2014年にイスラボニータが皐月賞を制覇し、父が届かなかったクラシックのタイトルを遂に掴んだ。この勝利の後、2010年の種付けを最後に産駒が誕生していなかったフジキセキは正式に種牡馬を引退。15年にわたる種牡馬生活にピリオドを打ち、翌2015年、帰らぬ馬となった。
フジキセキは母の父としても活躍馬を多く送り出しているが、特にダート路線を走る孫たちは、種牡馬として長く活躍した彼の偉大さを示すように丈夫な馬が多い。その筆頭がアナザートゥルースで、11歳となった2025年現在もホッカイドウ競馬において現役馬として活躍している。
200頭以上の繫殖牝馬に種付けした年は7年と非常に多かったフジキセキ。サンデーサイレンスの後継種牡馬として種牡馬入りした彼は、立派にその役割を全うし、日本の競馬界にその根を下ろしている。
【了】
(文●小早川涼風)