『馬の博物館』が伝える日本競馬のはじまり【第4章】「二度の存続危機」

世界有数の規模へと成長した日本競馬。その150年の歩みは、開国や戦争、制度改革といった日本近代史の転換点と重なっている。本特集では、その歴史を五つの視点から読み解いていく。今回は第4章。
第4章「二度の存続危機」
~途切れかけた歴史~
学芸員の秋永さんが強調するのが「二度の危機」である。
「一度目は、馬券発売が禁止されていた時代。収益がなくなれば競馬は続きません。政府補助によって何とか維持されていました」
そして二度目は戦後だ。
戦時中、根岸競馬場は日本海軍に接収される。終戦後は連合国軍に接収され、コースは駐車場などとして使用された。
「さらにGHQが独占禁止法に基づき、競馬を主催していた日本競馬会に解散命令を出します。このとき、日本競馬の歴史が本当に途切れる可能性がありました」
主催団体が消滅すれば、制度も文化も崩れてしまう。
「そこで暫定的に始まったのが国営競馬です。本来は監督する立場の国が運営を担うという、非常に特殊な状況でした」
6年間続いた国営競馬を経て、1954年に日本中央競馬会(JRA)が設立される。
「いまのJRAがあるのは、競馬を途切れさせないための努力の結晶なんです」
現在の競馬は、制度の再編と信頼回復の積み重ねによって成り立っている。
【了】
【著者プロフィール:中西友馬】
1993(平成5)年6月18日、神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後、競馬新聞社に入社し、約7年間専門紙トラックマンとして美浦に勤務。テレビやラジオでのパドック解説など、メディア出演も行っていた。2024年よりフリーライターとしての活動を始め、現在は主に、株式会社カンゼンが運営する競馬情報サイト『競馬チャンネル』内の記事を執筆している。
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