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「魂が震える…!」悲願の日本ダービー初制覇・調教師編(5)さすがルメール…!名調教師に栄光もたらした名馬

text by 小早川涼風

競馬に携わる者であれば、おそらく誰もが夢見る大舞台である日本ダービー。それは騎手や馬主、生産者はもちろん、競走馬を育成する調教師も同じだろう。その中には、期待されながらもなかなか勝利を挙げられず、悔しい想いをしながら悲願を叶えたトレーナーも多い。今回は、悲願のダービー制覇を叶えた5名の調教師を紹介する。今回は5人目。

2017年日本ダービーを制した藤沢和雄調教師(写真中央)
2017年日本ダービーを制した藤沢和雄調教師(写真中央)

⑤藤沢和雄(2017年 レイデオロ)

生年月日:1951年9月22日
所属:美浦
代表管理馬:ゼンノロブロイ、グランアレグリア、シンボリクリスエス
G1級勝利:35勝

 シンコウラブリイやタイキシャトル、バブルガムフェローといった名馬を育て上げている藤沢和雄師だが、ダービーはロンドンボーイで初出走(24頭中22着)した1989年以降、2003年まで出走がなかった。「クラシックにこだわるのではなく、馬に合わせたローテーションを組む」という師の想いが、間に合わない馬を無理矢理ダービーに向かわせるという事をしなかったのかもしれない。

 そして2003年と2004年には、青葉賞を制したシンボリクリスエス、ゼンノロブロイをダービーに送り込んだが、結果は両馬ともに惜しくも2着。その後もペルーサ、コディーノという素質馬を出走させたが、どちらも着外に終わっている。
これだけの調教師でも、やはりダービーを制するのは難しいのかと思われ始めていた2016年、厩舎にとってゆかりの血統馬であるレイデオロが藤沢師の下にやってきた。

 2歳の秋にデビューし、3連勝でホープフルS(当時はG2)を制した同馬は、疲労を見込んでトライアルレースを挟まずに皐月賞へ直行。結果こそ5着だったが、自身の信念を通し、疲労の残る馬を無理に前哨戦に使うようなことをしなかったことが、ダービーに向けて間違いなくプラスに働いただろう。

 そして本番、1000m通過が1分3秒2というスローペースなのを見切った鞍上のルメール騎手が、向こう正面で後方から一気に捲って2番手につけた。直線、粘るマイスタイルを交わして先頭に立つと、中団から伸びてくる後続を封じ込めて優勝。ダービーという大舞台でも臆することのない「神騎乗」で相棒を世代の頂点へ導き、藤沢師にダービートレーナーの称号を送った。

 19頭目の挑戦で栄光を手にしたダービーの後、「勝てなくて騒がれたけど、勝ったら次は連覇と騒がれているよ」と笑っていた藤沢師。続けて「自分たちが育てたというより、そういう素晴らしい馬達に恵まれただけのこと」とも語った。ダービーを勝って以降も藤沢師は「馬に感謝し、彼らの将来を第一に」というスタンスを絶対に変えなかった。だからこそ、引退まで日本有数のトップトレーナーであり続けられたのではないだろうか。

【了】

(文●小早川涼風

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