観光養老牧場「メタセコイアと馬の森」が4月19日グランドオープン
ターフから姿を消したサラブレッドはどこへ行くのか
この問いは長い間、競馬業界では禁句とされていた。サラブレッドは自分の生きる道を自ら選べない。種牡馬、繁殖牝馬として第二の馬生が用意されているのはごく一部。乗用馬への転用といっても、簡単ではない。サラブレッドは長い間、自然界では決して出さないスピードで駆け、競走に勝つよう心身とも鍛錬されてきた。乗用馬は人を安全に乗せるという真逆の要求を突きつけられる。競走馬から乗用馬になれるのも限られた馬たちでしかない。
だが、競馬業界に携わる人々は決して無視していたわけではない。自分たちが手をかけた馬たちがその一生をまっとうしてほしいという願いを心に秘めて従事している。その可能性を高めるためにはどうすればいいのか。その模索はみんなの課題だ。
TCC Japanは引退馬支援の先頭集団にいる。引退競走馬ファンクラブというコンセプトを打ち立て、これまでも様々な事業を行ってきた。人と馬の共生。その理想に近づくにはなにが必要なのか。TCCの活動に触れるたび、そのヒントをもらっているような気がする。
「馬を救い 人を癒す」
そんな理念に近づくべく、TCCは新たな施設をつくった。場所は滋賀県高島市。滋賀県のシンボルでもある琵琶湖を挟んだ南には活動拠点でもあるTCCセラピーパークがある。セラピーパークは引退直後の一時的な避難場所であるホースシェルターとしての役割を担っている。乗用馬になるためのリトレーニングのその前に、一旦、競走生活を終えた疲れや怪我を癒すような場所だ。ここではホースセラピーといった活動を通じ、障がいを抱える子どもたちに癒しを与えてもいる。
滋賀県高島市にできた新施設の名は「メタセコイアと馬の森」。メタセコイアとは20~35メートルほどに成長する落葉高木のこと。滋賀県高島市には全長約2.4キロにわたり約500本のメタセコイアが植えられたメタセコイア並木という観光名所がある。春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の裸樹と四季折々の美しさを堪能できる景観はまるで北欧世界を旅しているような気分になる。自然との調和と共生。そのシンボルともいえるメタセコイア並木の近くに「メタセコイアと馬の森」がある。
コンセプトは観光養老牧場。メタセコイア並木を馬車や乗馬で楽しむことができ、ミニチュアホースとカフェタイムを楽しめるなど、人と馬とのふれあい場でもある。4月19日のグランドオープン直前の3月20日、竣工式が同所で行われ、TCCの活動に賛同する福永祐一調教師、その父で元騎手の洋一さん、そして和田竜二騎手、さらに石川県で同じく養老牧場を運営する角居勝彦元調教師が出席した。
TCC Japan代表山本高之氏はあいさつの中で2018年10月にはじめてこの場所を訪れたときのことをこう振り返った。「メタセコイア並木の雄大さに感動を覚え、ここに馬がいることで必ず景観の付加価値になると直感しました。当時はTCCセラピーパーク建設中でしたが、翌日、メタセコイア並木で馬の活動をすると会社で興奮気味に宣言したことを鮮明に覚えています」
その後、施設を設計するに際し、メタセコイア並木の景観を損ねず、この場所のランドマークとなるよう心がけた。その想いに対し、メタセコイアを19本植樹するといった多くのアイディアが出され、メタセコイア並木との調和は見事に体現された。また、JRAの調教師や騎手たち、TCC会員による後方支援やクラウドファンディングなど多くの人々の支援によって施設は完成した。
山本氏は「人と馬と大地をテーマとした観光養老牧場という私たちにとって新たな挑戦です」と語り、そのテーマに次の3点を掲げた。誰もが気軽に馬と出会える場所であること。馬に乗ることはもちろん、乗らなくても馬と楽しむことができること。そしてメタセコイア並木を訪れる人々に馬の魅力を知ってもらうこと。なにより重要なのは、この場所がだれにとっても居心地のいい空間になり、人と馬との共生、馬の新たな社会価値をつくり、発信していける拠点となることを目指すという。
「メタセコイアと馬の森」
メタセコイア並木を背景にのんびりと過ごす馬たちが人と触れ合うことを仕事にすること。ここに引退競走馬のあり方をみえてくる。競走馬は走ることでしか稼げないとされてきた。だから走れなくなった馬はその存在価値を失ってしまう。いや、そうじゃない。走れなくてもその存在価値は必ずどこかにある。TCCをはじめ引退競走馬支援に携わる人々はそれを探してきた。「メタセコイアと馬の森」はそのひとつの答えとなるだろう。
騎手として現役時代から引退競走馬支援活動を行ってきた福永祐一調教師は施設には自身が騎乗した馬(フルーキーなど)もいて、特別な思いがあると語り、「地域の方々や観光客の皆さんに役立てる施設をつくってもらって感謝しています」と感慨深げに話した。そして引退競走馬支援について「自分たちは馬のおかげで生活ができています。引退競走馬の余生は競馬サークルにとっても大きな課題です。余生を幸せに、さらに人と共生できる施設になってもらえればと思います」と支援の大切さ、そして施設の今後に思いを巡らせた。
同じく馬とのふれあいの場を提供する角居勝彦元調教師は「観光養老牧場の運営は簡単ではありません。大きなチャレンジです。馬とのふれあいは人間にとって癒しとなります。馬車なら小さなお子さんでも乗れますね。ここが馬とふれあう環境の入り口となればいいと思います」と人と馬の共生について語った。
また現役騎手である和田竜二騎手も実際に馬車に乗って堪能した景観の美しさに改めて感動を覚えたと話し、「メタセコイア並木は観光スポットとして有名ですが、なかでも目玉になってほしいです。馬事振興にもひと役買いますし、ビジネスモデルとして成功できれば、もっとこういった施設ができるのではないかと思います」と期待を寄せた。
人と馬の共生は今や競馬に携われる人々にとってタブーではなく、壮大な挑戦となりつつある。競馬は馬がいなければ成立しない。だからこそ、馬の一生に寄り添う努力が求められる。ともに歩むパートナーとして、そしてかけがえのない友として、自分たちは馬にどのように携わればいいのか。なにができるのか。そんな想いが「メタセコイアと馬の森」を覆っているような気がしてならない。
グランドオープンは4月19日。ぜひ馬がいる美しき自然の一枚をその目に焼きつけてほしい。さらに馬と触れあい、体温を感じてほしいと願う。すべてはそこからはじまるから。
【了】
(文●勝木淳)
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■【公式HP】TCC メタセコイアと馬の森(滋賀県)